東京地方裁判所 平成2年(ワ)3691号 判決 1993年9月24日
東京都足立区栗原一丁目四番二四号
原告
(旧商号 日本水槽工業株式会社)
株式会社ニッソー
右代表者代表取締役
市川實
右訴訟代理人弁護士
安原正之
同
佐藤治隆
同
小林郁夫
右輔佐人弁理士
福田賢三
大阪府摂津市鳥飼野々三丁目二二の三
被告
谷口清司
右訴訟代理人弁護士
石川元也
同
四位直毅
右輔佐人弁理士
新垣盛克
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、別紙物件目録記載の水槽を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡のために展示してはならない。
2 被告は、原告に対し、金一九四〇万四五〇〇円及び内金九七六万五五〇〇円に対しては平成二年四月二〇日から、内金九六三万九〇〇〇円に対しては平成四年四月二四日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2項について仮執行宣言。
二 被告
主文同旨。
第二 請求原因
一 原告は、左記の意匠権(以下、「本件意匠権」といい、その内容となる意匠を「本件登録意匠」という。)を有する。
記
1 出願日 昭和四九年七月六日
2 登録日 昭和五五年六月二七日
3 登録番号 第五三九一八〇号
4 意匠に係る物品 観賞魚用水槽
5 意匠の構成態様 本判決別紙意匠公報のとおり
二1 本件登録意匠の構成は次のとおりである。
A 正面形状を横長長方形及び側面形状を正方形とした容体であって、
B 容体は、四枚の透明板を四本の断面半円柱状の細い支柱で連結してなる周側面の上下に別個の上枠及び底板を嵌合して形成しているが、正面及び側面形状において支柱の幅は、上枠及び底板のそれの約二分の一とし、
C 平面において、上枠は、その上面一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、その中央部やや右寄りの位置に帯状の桟を配し、
D 該長方形状部には、円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を棒状形が外向きとなるように前後にうがち、
E 底板の底面には、三個の円形状模様を横一列に配した、
F 観賞魚用水槽。
2 なお、本件登録意匠の願書に添付した図面に一部誤記があるが、本件登録意匠の範囲を定めることに支障はない。
(一) 水槽の幅について、本件登録意匠の意匠公報の平面図及び底面図と、左側面図、B-B断面図とを比べると、それぞれ表された水槽の幅が異なるが、平面図及び底面図において同等として表されていることから合理的に解釈すれば、左側面図及びB-B断面図として表されている水槽の幅は、明らかな誤記であると理解でき、平面図及び底面図に表されている幅が本件登録意匠の水槽の幅として特定することが可能である。
そして正面図、平面図及び底面図によれば、本件登録意匠の水槽の幅は、水槽の縦の長さと同等の長さを有しており、したがって水槽の側面形状は正方形であることが理解されるものである。
なお断面図は意匠を理解するために補助的に記載されるところ、B-B断面図はその図面から明らかなとおり、水槽を構成する上枠、底板及び保護柱の関係を明確にした参考図であり、平面図及び底面図と水槽の幅に差異があっても、断面図を基本として本件登録意匠を特定することはできない。
(二) 支柱の幅と上枠及び底板の幅との関係についても、図面上C-C部拡大図は、正面図等他の図面と異なっているが、正面図、左側面図及びA-A断面図からすると、C-C部拡大図は明らかに誤記であると解され、本件登録意匠の水槽の幅は、水槽の縦の長さと同等の長さを有しているものである。通常拡大図は、意匠図面の理解を助けるための参考図として記載されるので、その拡大図が誤っているとしても、本件登録意匠の範囲が不明となるものではない。
(三) 帯状の桟についても、平面図とA-A断面図とでは、作図上若干の違いが存するが、平面図及びA-A断面図からすれば、「帯状の桟」は、平面図において「幅の狭い長方形状部」を除いた開口部の中央やや右寄りに位置させた形状であると解され、本件登録意匠の範囲が確定できないものではない。
三 被告は、「タニグチ」の名称で、観賞魚用水槽の製造、販売を業とするものであるが、昭和六二年六月頃から商品名を「ラックス水槽」又は「AQUATANC」と称する別紙物件目録記載の水槽(以下、「被告製品」という。)を製造、販売している。
四 被告製品の意匠(以下、「被告意匠」という。)は、別紙物件目録記載のとおりであるが、その構成態様は以下のとおりである。
a 正面形状を横長長方形及び側面形状を縦長長方形とした容体であって、
b 容体は、四枚の透明板を四本の断面半円柱状の細い支柱で連結してなる周側面の上下に別個の上枠及び底板を嵌合して形成しているが、正面及び側面形状において支柱の幅は、上枠及び底板の縦幅の約二分の一とし、上枠の下縁及び底板の上縁には、高さが上枠及び底板の各縦幅に対し約五分の一で、基端の横幅が高さの約一〇倍程度である低い山形状を荒い間隔で隆設し、
c 上枠には、その上面一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、
d 該長方形状部には円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を棒状形が内向きとなるように前後に配し、
e 底面には、横方向に三個の円形を等間隔に配して、各円形同士を結ぶとともに外側に位置する円形の左右に直線を配した模様を呈している、
f 観賞魚用水槽。
五 本件登録意匠と被告意匠との対比について
1 被告意匠の、正面形状を横長長方形に形成したこと、容体は、四枚の透明板を四本の断面半円形の細い支柱で連結しその周側面の上下に上枠及び底板を嵌合した形状及び平面形状において一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、該長方形状部には円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を配し、別個の上枠と底板とを四本の断面半円柱状の支柱で連結し、その上枠、底板と支柱との幅が異なるため、上枠及び底板と支柱が別体的に見られるようにした基本形状は、本件登録意匠に類似するものである。
2 ただ被告意匠は、本件登録意匠に比べて、側面が本件登録意匠は正方形であるのに縦長形状の長方形状であること、平面部中央に帯状の桟が形成されていないこと、一側端前後方向の長方形状部の小孔は棒状形を内向きにした形状であること、底面部の円形の左右に直線を配した模様に形成したこと及び上枠の下縁及び底板の上縁に前記四bのとおり山形状を形成した点が異なる。しかし、
(一) 被告意匠と本件登録意匠の左側面図の形状の差異については、基本的に両者とも四辺形状であって、その差異が看者をして特に別異の印象を与えるものではない上、水槽においては、その通常の使用方法からして側面形状が看者に強い印象を与えるものではない。
(二) また、上面の帯状の桟の有無、棒状形を付加した小孔の向きは、看者にとって主要な要素ではないので、被告意匠の審美性を何ら左右するものではない。帯状の桟は、ろ過装置及び蛍光灯を設置するため水槽の上枠の補強として設けているものであるが、実際に観賞魚用に水槽を使用する場合、水槽の上面にろ過装置及び蛍光灯を設置した場合、帯状の桟はろ過装置及び蛍光灯の下になり表面に表れないため、水槽の購入者は、購入する水槽を選択する場合、水槽の上面にある桟は水槽の補強としての視点から見ることはあっても、審美性という観点から観察することはない。観賞魚を観賞する場合、水槽の正面形状が最も強い印象を与えるものであり、水槽メーカーである各社の力タログ及び業界雑誌においても帯状の桟を設けたことを強調していないことからしても、右は本件登録意匠の要部ではない。なお、本件登録意匠の出願についての拒絶理由通知に対して原告が昭和五二年五月一七日付けで提出した意見書に対し、特許庁審査官は、「桟材の有無は全体形態に対して顕著なものではなく、意匠要部の差異と認められず、類似の範囲を出ないものと認められる」と判断している。
(三) 次に、底面部の形状は、使用時には下向きとなるため一般需要者に見られることがない非要部である。
(四) 更に、上枠の下縁及び底板の上縁に形成された山形状の模様は看者にとって特に注意を惹く要部というべきではない。観賞魚用水槽は、その性質上正面及び側面形状が特に看者の注意を惹くものであり、山形状の存在は、類否の判断に何らの影響も与えない。
また、観賞魚用水槽は、一定の距離を隔てて観察するのが普通であるが、そのように距離を隔てて観察した場合、右山形状自体極めてありふれたものであり、しかも、上枠及び底板から僅かにはみ出している程度で際だった感じを与えるものでないため、山形状の与える印象は弱く、右山形状をもって本件登録意匠の要部とはいえない。
3 被告は、本件登録意匠の登録後に出願された登録第七八九六八七号意匠(乙第一〇号証)及び登録第七八九六八七号の類似一の意匠(乙第一一号証)が登録されていることからも被告意匠は本件登録意匠と非類似であることは明らかであると主張する。
しかし、乙第一〇号証の意匠の正面図及び左右側面図において上枠及び底板の各内側に形成した波形模様は、その全体が大きな円弧状となるよう緩やかなカーブを連設して形成されており、正面図及び側面図において上枠、底板及び支柱で形成された内側空間部(ガラス部分)の模様は、緩やかなカープを連設しているため、全体的に波形と波形により囲まれ曲線的な印象を受ける。
これに対し被告意匠は、その正面図及び左右側面図において上枠及び底板の各内側に形成した山形状は、直線を基調とする上枠、底板の一部に等間隔に山形状を有する低い突起を形成したので、上枠、底板及び支柱で形成された内側空間部の模様は、直線的でかつ四角張った印象を与える。即ち被告意匠の場合、山形状の高さは上枠、底板の幅の約二分の一でその幅も狭く形成されているので、山形状の存在により上枠及び底板の直線的印象に何ら影響を及ぼさず本件登録意匠に類似した形状であるのに対し、乙第一〇号証の緩やかな円弧状の模様は曲線的であり直線的に認識されないので被告意匠とは異なる。したがって、乙第一〇号証の意匠が登録されたことをもって、被告意匠が本件登録意匠と非類似であるということはできない。
また、乙第一一号証の意匠の上枠及び底板に形成されている山形状の模様の高さは、上枠及び底板の各幅の約二分の一程度の寸法であり、模様の基端の横幅は高さの約六倍である。
これに対し、被告意匠の山形状の模様の高さは、上枠及び底板の各幅の約五分の一であり、その基端の横幅は高さの約一〇倍程度であり、両者はその模様の形状に違いがある。このように乙第一一号証の意匠は山裾は狭いが高い山形として看取され、被告意匠よりは注意を惹く模様である。
したがって、被告意匠は乙第一一号証の意匠の実施ではないことが明らかであり、乙第一一号証の意匠が登録されたことをもって、被告意匠が本件登録意匠に類似しないということはできない。
六1 被告は、故意又は過失により、昭和六二年六月頃から被告製品(ラックス六〇〇)の製造、販売をしてきたが、被告が平成二年二月末日までに製造、販売した販売数量及び販売金額は別紙被告製品販売実績表(一)記載のとおりであり、平成二年三月から平成四年三月までは、同(二)記載のとおりであって、その販売合計金額は、金三億八八〇九万円に及ぶ。
本件登録意匠の実施料相当額は、販売価格の五パーセントを下回らない。
2 したがって、原告は、被告に対し、本件意匠権侵害による損害賠償として被告の販売高の合計金額三億八八〇九万円に対する実施料率相当の五パーセントに当たる金一九四〇万四五〇〇円を請求する権利がある。
七 よって、原告は、被告に対し、本件意匠権に基づいて、被告製品の製造、販売の差止め及び損害賠償請求として金一九四〇万四五〇〇円及び内金九七六万五五〇〇円に対しては訴状送達の日の翌日である平成二年四月二〇日から、内金九六三万九〇〇〇円に対しては請求を拡張した平成四年四月二三日付け準備書面送達の日の翌日である平成四年四月二四日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三 請求原因に対する認否及び被告の主張
一 請求原因一は認める。
二1 請求原因二1は、D、Fを認め、その余は争う。
登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添付された図面により表された意匠に基づいて定めなければならない。そうすると、本件登録意匠の構成に関する原告の主張は、次の諸点において妥当性を欠く。
(一) 構成Aについて
左側面図における縦横の比率は四七対三七で縦長長方形となっているが、平面図及び底面図によれば、水槽の幅は深さと等しく四七対四七で正方形となっており、また、B-B断面図に表れたところでは、水槽の幅は右の場合よりやや狭く、四七対四五となっている。このように、左側面図、平面図、底面図、B-B断面図のそれぞれにおいて、水槽の深さと幅とが異なった比率で表されているので、結局、本件登録意匠の構成Aの水槽の深さと幅との比率を特定することができない。
原告は意匠公報の図面上存在する食い違いは単なる作図上の誤記であって、これにより本件登録意匠の範囲が不明となるものではないというが、平面図及び底面図と左側面図の違いは肉眼で明瞭に看取できるほど顕著なものであり、本件登録意匠は元来願書に添付された意匠を記載した図面それ自体によって完結的に明確に特定されなければならないから、右を単なる作図上の明らかな誤記として無視して、本件登録意匠の範囲を特定することはできない。
(二) 横成Bについて
原告は「正面及び側面形状において支柱の幅は、上枠及び底板のそれの約二分の一」であるという。正面図、側面図においては図面が小さいので、「約」という表現を用いたのであろうが、これを拡大した「C-C部拡大図」によると支柱の幅は正確に底板の五分の四であって、原告主張のようなものではない。原告は、右についても「C-C部拡大図」が誤りであると述べるが、拡大図は、断面図、切断部端面図などと同様に通常の図面だけではその意匠を十分に表現することができないときに加える必要な図面であるから、そのような主張は許されるべきではない。
(三) 構成Cについて
図面によれば、「帯状の桟」が上枠の上面にあることは理解できるが、上面のどこにあるかは確定できない。即ち、平面図においては、この「帯状の桟」は、上面一側端の「幅の狭い長方形状部」を除いたその余の部分のほぼ中央付近に位置し、原告主張のように上枠中央部に表されているものではない。また、A-A断面図においても、「帯状の桟」は平面図における位置よりも更に右寄りに表されている。このように「帯状の桟」の位置は、図面上確定することができず、原告の主張と異なる。
(四) 構成Eについて
底板底面の「円形状模様」は、原告が主張するように「三個の円形状模様を横一列に配した」というだけの単純なものではなく、右記載は正確を欠く。
2 本件登録意匠は、右1にのべるように、願書の記載及び願書に添付した図面によってはその範囲を特定することができない。このような場合には、本件登録意匠がどのようなものであるか確定できないことを意味するので、被告意匠との対比に入るまでもなく、訴えは失当として棄却されるべきである。
三 請求原因三は認める。
四 請求原因四のうち、被告意匠が別紙物件目録記載のとおりのものであること及び被告意匠の構成態様a、c、d、fは認め、同bは否認し、同eは正確性を欠くから争う。
五 請求原因五は否認する。
仮に、本件登録意匠が原告主張のAないしF記載のとおりの構成であると確定できるとしても、以下のとおり、被告意匠は、本件登録意匠に類似するものということができない
1 原告の認める本件登録意匠と被告意匠との相違点のうち、上面の帯状の桟の有無、山形状の模様の形成の有無は、意匠全体として見た場合、審美性に大きく寄与する箇所であって、本件登録意匠の要部に当たるものであり、逆に、原告主張の共通点のうち、正面形状を横長長方形に形成したこと及び平面形状において、その一側端前後方向に幅の狭い長方形部を設け、該長方形部に円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を形成したことは、公知の形状であって、本件登録意匠において何ら特徴となる部分ではない。
2 原告は、上面の帯状の桟の有無の点において、本件登録意匠と被告意匠が異なることを認めながら、右は要部ではないと主張する。
しかしながら、本件登録意匠の出願前の公知資料である乙第四号証の二及び三には、いずれも上面の一側端に鍵孔状の孔を穿った幅の狭い長方形部をそなえているほか、本件登録意匠と共通するところの多い水槽が示されているが、ともに桟をそなえていない点において本件登録意匠とは相違する。原告は、本件登録意匠の出願審査の段階で審査官から右の乙第四号証の三記載の意匠を引用した拒絶理由通知を受けたが、これに対する意見書において、帯状の桟の有無の違いを強調して引用例とは非類似である旨を強調しており、この帯状の桟は看者の目に比較的強く印象づけられる平面において、これを左右に区分するものであるから、原告が意見書で述べるように本件登録意匠の大きな特徴となるものである。そして本件登録意匠の二件の類似意匠は、いずれも右特徴である桟をそなえたものが示されている。
このようなことから右の桟は本件登録意匠の要部であるというべきであり、これをそなえない被告意匠は、この点のみからも本件登録意匠と非類似である。
原告は、ろ過装置等が設置されると帯状の桟は表面に表れないから、意匠の要部ではないと主張するが、隠れる部分が要部にならないということはできない。最終ユーザーの手に渡るまでの取引きの過程においては、どの面も一物品として軽視することはできないものである。右を商品として取り引きする場合においては、取引きの対象となるのは付属品を付加しない水槽自体であるのが普通で、使用時に一部が覆われることがあるからといって、その箇所を要部ではないとすることはできない。
3 また山形状の有無の点についても、従来の水槽においては、上枠の下縁と底板の上縁はともに直線であるのが普通で、模様を表したものは存在しなかった。それゆえ被告意匠において、水槽使用時に最も目につく正面部分に上下に顕著に設けられた山形の模様は、著しく看者の注意を引くものである。したがって右の山形模様の存在から見ても、本件登録意匠と被告意匠は非類似のものというべきである。このことは、本件登録意匠の登録後の出願で平成二年三月一三日に登録第七八九六八七号として設定登録となった意匠(乙第一〇号証)において、本件登録意匠と正面図、右側面図、平面図の各図において殆ど同一であるにもかかわらず、上下枠に接して表された波形に近い模様の存在により、本件登録意匠と非類似であると特許庁において判断され、登録された事例があること及び被告意匠と同一構成の意匠が、平成四年五月一四日、登録第七八九六八七号の類似一号として登録された(乙第一一号証)ことからも明らかである。
4 更に、側面形状についても、観賞魚用水槽において側面は正面とともに看者の目を惹く箇所であって、被告意匠の縦長長方形と本件登録意匠の正方形とでは、明らかに美観に著しい差異が生じる。例えば、正方形の場合には、縦長長方形に比して全体的に重心が下がり安定感が生じるものである。
5 他方、共通点である、平面形状においてその一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、該長方形状部に円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を形成することは、前記乙第四号証の二、三の公知例に示されているように、水槽においては出願前公知のことであるから、右の点は要部ではない。
6 以上1ないし5によれば、後記7の共通点があるにもかかわらず、被告意匠の平面図における「帯状の桟」の不存在、及び正面図、背面図、両側面図、にそれぞれ顕著に表れている「山形状の模様」によって、両者から生じる意匠的趣味感は著しく異なっており、両者は非類似のものである。
7 なお、原告は、本件登録意匠と被告意匠は、容体は四枚の透明板を四本の断面半円形の細い支柱で連結し、その周側面に上下に上枠と底板を嵌合することにより、上枠及び底板と支柱が別体的に見られるようにした点において共通している旨主張するが、この点は要部ということはできない。その理由は次に述べるとおりである。
(一) 本件登録意匠の出願について拒絶査定を受けた原告は、昭和五二年七月二二日に審判請求をし、その後昭和五五年二月四日に手続補正書を提出して、願書及び図面中の意匠の説明の欄に、「物品の正面・背面・左右側面の枠以外は透明である」との記載を補充すると共に、「C-C部拡大図」及び「D-D断面図」の二つの図面の補充をした。その後、本件登録意匠について登録すべき旨の審決がなされたものであるが、右審決は、右補正によって加わったところを「容体を形成する枠組みにおいて、本願の意匠が別個の上枠と底板を四本の半円柱状の支柱で連結した態様であって、枠組を構成する要素がそれぞれ別個に認識される」として、この点を要部と捕らえた上で、引用意匠と非類似であるとし、原査定を取り消したものである。
(二) しかしながら、右補正は出願当初の願書及び図面には全く表れていない構成を追加したものである。特に原告が共通点としてあげる「断面半円形の細い支柱」は、この補正の「D-D断面図」において初めて表れたもので、出願当初の願書及び図面のどこを見ても、このような構成を窺い知ることはできない。したがって右補正は、明らかにその要旨を変更するものである。
意匠図面における「拡大図」、「断面図」は、ともに意匠図面における必要図であるから、登録意匠の範囲の確定に当たっては重要な役割を担うものである。両図は、正面図、背面図、左右側面図、平面図、底面図の六つの図面のみではその意匠を十分に表現することができないときに加える必要図であり、これら必要図間において軽重に差はなく、すべて要旨確定に当たり重視されるべきものであり、単に意匠の理解を助けるためのものにすぎない参考図とは、本質的に性格を異にする。
そして意匠権の設定登録後に、願書に添付した図面についての補正が要旨を変更するものであると認められたときには、その意匠登録出願は、その補正について手続補正書を提出したときにしたものとみなされるので、本件登録意匠における出願日は、右手続補正書の提出日である昭和五五年二月四日であるとみなされる。
(三) 一方、繰り下がった出願日より四年以上も前である昭和五〇年七月一日発行の「フィッシュマガジン」誌一一巻七号(乙第八号証の一、二)には、右特徴として原告が主張するところをそのままそなえた水槽のカラー写真が掲載されているので、右の構成は出願前公知公用のものである。したがって、右の点は何ら特徴となるべき箇所ではない。
六 請求原因六は否認する。
七 請求原因七は争う。
第四 被告の主張に対する原告の反論
被告は、本件登録意匠についての原告による昭和五五年二月四日付けの手続補正が要旨変更に当たると主張するが、審決では、「断面半円柱状の細い支柱」が本件登録意匠の特徴としているのではなく、「枠組を構成する要素がそれぞれ個別に認識される」点を特徴としているのであり、「断面半円柱状」の文言は支柱の形状を単に説明する用語としてのみ使用しているのであるから、支柱の断面図その他の図面や説明文を出願中に補正しても、要旨変更と認められるものではない。
断面図などは、意匠の外観に影響を与えるものではなく、一組の図面だけではその意匠を十分に表現することができない場合に加える参考図的なものであって、断面図により意匠が特定されるものではないから、被告の主張は理由がない。
第五 証拠
証拠の関係は、本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因一は当事者間に争いがない。
二 本件登録意匠について
1 成立について当事者間に争いのない甲第一号証(本件意匠公報)、乙第一号証の一、二、乙第五号証によれば、本件登録意匠の意匠登録願に添付された図面には相互に矛盾があり、<1>側面形状が正方形か、縦長長方形か、<2>正面及び側面形状において、支柱の幅が、上枠及び底板の幅の約二分の一か、約五分の四か、<3>上枠の帯状の桟が上枠の左右の幅のどの位置にあるか、の三点については、直ちに一義的に明瞭に認定することができないことが認められる。
そこで、右の三点についての本件登録意匠の態様の認定のための詳細な検討及び右の三点についての認定ができない場合の法的な効果の検討はしばらくおき、右三点については、原告の主張のとおり認定できるものと仮定して、原告の請求について検討する。
2 右の仮定と前記甲第一号証、乙第一号証の一、二によれば、本件登録意匠の構成は、原告主張の次のとおりのものである。
A 基本的態様は、正面形状を横長長方形及び側面形状を正方形とした容体であって、
B 容体は、四枚の透明板を四本の断面半円柱状の細い支柱で連結してなる周側面の上下に別個の上枠及び底板を嵌合して形成しているが、正面及び側面形状において支柱の幅は、上枠及び底板のそれの約二分の一とし、
C 平面において、上枠はその上面一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、その中央部やや右寄りの位置に帯状の桟を配し、
D 該長方形状部には、円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を棒状形が外向きとなるように前後にうがち、
E 底板の底面には、三個の円形状模様を横一列に配した、
F 観賞魚用水槽。
三 請求原因三は当事者間に争いがない。
四 被告意匠について
当事者間に争いがない別紙物件目録記載の写真によれば、被告意匠は、次のとおりであると認められる。
a 基本的態様は、正面形状を横長長方形及び側面形状を縦長長方形とした容体であって、
b 容体は、四枚の透明板を四本の細い支柱で連結してなる周側面の上下に別個の上枠及び底板を嵌合して形成しているが、正面及び側面形状において支柱の幅は、上枠及び底板の縦幅の約五分の一強とし、上枠の下縁及び底板の上縁には、上枠及び底板の各縦幅の約七分の一の面取りがされており、右面取りの中間位置付近に、高さが上枠及び底板の各縦幅に対し約七分の二で、基端の横幅が高さの約六倍程度である低い山形状の突出部を等間隔で正面及び裏面に五個、左右両側面に三個隆設し、
c 上枠には、その上面一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、
d 該長方形状部には円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を棒状形が内向きとなるように前後にうがち、
e 底面には、横方向に三個の円形を等間隔に配して、各円形同士を直線で結ぶとともに外側に位置する円形の左右に直線を配した串団子様の模様を呈している、
f 観賞魚用水槽。
五 前記仮定に基づく本件登録意匠と被告意匠との対比について
1 本件登録意匠と被告意匠とは、基本的態様において正面形状を横長長方形に、側面形状を四辺形状とした容体であること(以下、「共通点一」という。)、容体は四枚の透明板を四本の細い支柱で連結し、その周側面の上下に支柱の幅の広さより幅が広い上枠と底板を嵌合して形成していること(以下、「共通点二」という。)、上枠上面の一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、該長方形状部には円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を配したこと(以下、「共通点三」という。)において共通している。
他方、本件登録意匠と被告意匠とは、基本的態様において側面が、本件登録意匠は正方形状であるのに対し、被告意匠は縦長の長方形状であること(以下、「相違点一」という。)、透明板を連結する支柱の幅が、本件登録意匠は上枠及び底板の約二分の一であるのに、被告意匠は約五分の一強であること(以下、「相違点二」という。)、上枠上面の一側端前後方向の長方形状部の小孔が、本件登録意匠は棒状形を外向きとなるようにうがたれているのに対し、被告意匠は棒状形を内向きとなるようにうがたれていること(以下、「相違点三」という。)、本件登録意匠は上枠上面の中央部やや右寄りの位置に帯状の桟が配されているのに対し、被告意匠にはそのような桟が形成されていないこと(以下、「相違点四」という。)、被告意匠は上枠の下縁及び底板の上縁に前記山形状の突出部が形成されているのに、本件登録意匠にはそのような山形状の突出部はないこと(以下、「相違点五」という。)及び底板の底面の模様が、本件意匠は三個の円形状模様を横一列に配したものであるのに対し、被告意匠は横方向に三個の円形を等間隔に配して、各円形同士を直線で結ぶとともに外側に位置する円形の左右に直線を配した串団子様の模様を呈していること(以下、「相違点六」という。)の各点において相違するものと認められる。
2 ところで、この種観賞魚用水槽は、観賞魚を入れて、飼育、観賞するための容器として用いられるものであるから、一般消費者を含む取引者又は需要者はその取引きに当たって、魚を観賞する面である正面、背面、左右の側面の周側面及び魚を観賞すると共に魚の出し入れ、水の入れ替えを行う上枠の上面の開口部の形状に関心を持つものと認められ、本件登録意匠及び被告意匠において看者の注意を惹く部分、すなわち要部は、正面、背面、左右の側面の周側面及び上枠の上面の開口部の形状にあるものと認められるが、他方前記共通点一の正面形状を横長長方形に、側面形状を四辺形に形成した容体とする基本的態様及び共通点二の内、右容体は、四枚の透明板を四本の支柱で連結してなる周側面の上下に上枠及び底板を嵌合して形成されているという形態は、この種観賞魚用水槽にありふれた形態であることは当裁判所に顕著であり、このようなありふれた形態は看者の注意を惹くものではないから要部とはいえず、正面、背面、左右の周側面及び上枠の上面の開口部の具体的態様が要部となるものと認められる。
3 そこで、前記1認定の共通点及び相違点について検討する。
(一) 共通点一及び相違点一について
本件登録意匠と被告意匠との共通点一の、正面形状を横長長方形に、側面形状を四辺形に形成した容体とする基本的態様がありふれた形態であって両意匠の要部とはいえないことは右2に判断したとおりであり、相違点一の、側面が、本件登録意匠は正方形状であるのに対し、被告意匠は縦長の長方形状である点も、別紙物件目録によれば、被告意匠のそれは縦長の長方形といっても、縦対横の比が五三対四三程度の差で、正方形の本件登録意匠との相違は、ありふれた基本的形態として看者の注意を惹かない態様の中の目立たぬ相違であって、いずれも両意匠の類否の判断を左右するものとは認められない。
(二) 共通点二及び相違点二について
本件登録意匠と被告意匠との共通点二の内、容体は四枚の透明板を四本の細い支柱で連結し、その周側面の上下に上枠と底板を嵌合して形成していることもありふれた形態であり両意匠の要部とはいえないことも右2に判断したとおりであるが、周側面の上下に支柱の幅の広さより幅が広い上枠と底板が嵌合されている点は、周側面の具体的態様として両意匠の要部をなすものと認められる。もっとも、支柱の幅が、本件登録意匠は上枠及び底板の約二分の一であるのに、被告意匠は約五分の一強であるとの相違点二も、共通点の中での具体的態様に表われた相違点として看者の注意を惹くものと認められる。
(三) 共通点三及び相違点三について
成立に争いのない乙第四号証の二、三によれば、観賞魚用水槽にかかる意匠において、上枠上面の一側端前後方向に幅の狭い長方形状部を設け、該長方形状部には円形に棒状形を付加した形状の二個の小孔を配するのは、機能的には、サーモスタット、ビニールパイプ、ヒーターコードを支持し、水槽内に下ろすためであり、このような意匠は本件登録意匠の出願前の五年以上前から周知であったものと認められ、上枠上面の一側端という部位をも併せ考えると、両意匠の共通点三の形態は、看者の注意を惹かないものであり、上枠上面の一側端前後方向の長方形状部の小孔が、本件登録意匠は棒状形を外向きとなるようにうがたれているのに対し、被告意匠は棒状形を内向きとなるようにうがたれているという相違点三も、看者の注意を惹かない点の微細な相違であり、いずれも両意匠の類否の判断を左右するものとは認められない。
(四) 相違点四について
本件登録意匠は上枠上面の中央部やや右寄りの位置に帯状の桟が配されているのに対し、被告意匠にはそのような桟が形成されていないという相違点四にかかる形態は、上枠上面の開口部という観賞魚を観賞する上でも、魚の出し入れ、水の入れ替えという魚の飼育に必要な作業の上でも看者の関心を惹く部分の中央部の形態であり、両意匠の要部に当たるものと認められ、この部分に表われた右の相違は看者の注意を惹くものと認められる。
(五) 相違点五について
被告意匠は上枠の下縁及び底板の上縁に前記四認定の形状の山形状の突出部が形成されているのに、本件登録意匠にはそのような山形状の突出部はないという相違点五にかかる形態は、正面、背面、左右の側面の周側面という魚を観賞する上で看者の関心を惹く部分の上下の枠の形態であり、両意匠の要部に当たるものと認められ、この部分に表われた右の相違は看者の注意を惹くものと認められる。
(六) 相違点六について
底板の底面の模様が、本件意匠は三個の円形状模様を横一列に配したものであるのに対し、被告意匠は横方向に三個の円形を等間隔に配して、各円形同士を直線で結ぶとともに外側に位置する円形の左右に直線を配した串団子様の模様を呈しているという相違点六にかかる形態は、底板の底面という看者の注意を惹かない部分の模様の相違であり、両意匠の類否の判断を左右するものとは認められない。
4 右3の共通点、相違点についての判断をもとに、本件登録意匠と被告意匠とを全体的に対比すると、両意匠は要部にあたる、周側面の上下に支柱の幅の広さより幅が広い上枠と底板を嵌合されている態様を共通としているが、その共通点の中で具体的態様に表われた支柱の幅と上枠及び底板の幅との比率の相違点も看者の注意を惹くものであり、相違点四の上枠上面の帯状の桟の有無、相違点五の上枠の下縁及び底板の上縁の山形状の突出部の有無もいずれも看者の注意を惹くものであることを考慮すると、右のような相違点は、共通点に起因する両意匠の印象の類似性を凌駕して、本件登録意匠及び被告意匠の印象を異なったものとするものと認められ、原告主張のように本件登録意匠と被告意匠とが類似するものとは認められない。
5 成立について当事者間に争いのない甲第三号証によれば、本件登録意匠の出願についての昭和五二年五月一七日付けの拒絶査定において担当審査官が、桟材(前記相違点四の帯状の桟のこと)の有無は全体形態に対して顕著なものではなく、意匠要部の差異とは認められない旨判断したことが認められるが、原本の存在及び成立について当事者間に争いのない乙第六号証によれば右査定は審決によって取り消されたことが認められ、また、判断内容自体に照らしても右4の判断を左右するものではない。
また、前記乙第四号証の二、成立について当事者間に争いのない乙第八号証の一、二、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第四号証、甲第五号証の一ないし九、甲第六号証の一ないし六、甲第七号証の一ないし八によれば、両意匠にかかる種類の観賞魚用水槽は、魚を観賞する際、上枠の上に照明灯、ろ過装置等が載置される場合があるが、カタログではそれらが載置されない状態で、上枠上面の状態が明瞭に判るように記載されている場合も多いことが認められ、販売店においても上枠上面の状態が明瞭に判るような状態で陳列されあるいは客に提示されるものと推認され、更に、この種の観賞魚用水槽を使用して魚を観賞する際には、上枠の上に照明灯、ろ過装置等を載置していても、魚の出し入れ、水の入れ替え等の際には、上枠の上面の開口部の状態に注目せざるを得ないのであるから、上枠の上面の態様が需要者、取引者の関心を惹かないとはいえない。
六 結論
以上のとおり、本件登録意匠の態様を原告主張のとおりと仮定しても、被告意匠は本件登録意匠と類似するとは認められないから、本件登録意匠の態様が原告主張のとおり認められるか否か及びその余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 宍戸充 裁判官 櫻林正己)
日本国特許庁
昭和55.9.8発行 意匠公報(S) 10-85
539180 出願 昭49.7.6 意願 昭49-22758 登録 昭55.6.27
審判 昭52-9618
創作者 市川実 東京都足立区栗原1丁目4番24号
意匠権者 日本水槽工業株式会社 東京都足立区栗原1丁目4番24号
代理人 弁理士 福田信行 外1名
意匠に係る物品 観賞魚用水槽
説明 背面図は正面図と、右側面図は左側面図と同一にあらわれる
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別紙 物件目録
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被告製品販売実績表(一)
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被告製品販売実績表(二)
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意匠公報
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